外壁塗装 名古屋からの重要なお知らせ
その四つを、ここでは、「神経症的不適応」、「文化的不適応」、「怠学型不適応」、「進路不適応」とよぶことにしよう。
神経症的不適応というのは、原因はさまざまたが、心身の異常をともない、その克服が主要な課題となる場合である。
朝、登校時刻が近づくと腹痛や頭痛を訴えるとか、食べたものを吐くとか、おびえるとか、机のなかや部屋の隅に隠れるとか、その様態は多様であるが、そうした心身の不調のゆえに学校に行けなくなるという場合である。
学校でのいじめや体罰が原因のこともあれば、家庭のなかに原因があることもあれば、子ども自身の健康や発達上のバランスの乱れが原因のこともあるが、いずれにしても、この場合、その原因系の確認とその点での環境の改善が必要であり、もう一方で、それを克服する力を調えることが課題となる。
文化的不適応というのは、学校の文化やリズムと子どもがそれまでに身につけてきた文化的嗜好やリズムとのズレに起因するもので、親も子どもも、そのズレを子どもの側で調整する必要はないと考えている場合が少なくない。
それは、一方における学校教育の定型化と制度化、もう一方における生活様式と価値観の多様化を背景にして出現するタイプである。
怠学型不適応というのは、学校がおもしろくないとか、学校の規律や教師の干渉がうっとうしいとか、学業に意味が感じられないといったものや、友達に誘われたとか、仲間がいるからとか、アルバイトをきっかけにしてとか、街をぶらついているほうが気楽でいいといった理由で、遅刻・早退や欠席をくりかえし、そうこうするうちに不登校が常態化したり、中退することになるタイプである。
進路不適応は、在籍している高校や学科に満足できないことを理由に遅刻・早退や欠席をくりかえし、中退に至るタイプである。
これには、希望の高校や学科に入学できなかったという挫折感に起因する場合、入った高校の管理主義的な規律や規制に不満を感じるとか、高校に入ってみて自分の適性や関心に合っていないと感じるようになったという場合、もっと他にしたいこと、すべきことがあると感じるようになったという場合、高校での学業についていけない場合などが含まれる。
もっとも、実際の不登校や中退では、複数のタイプが重なっている場合が少なくない。
とくに神経症的不適応の背後に文化的不適応があるケース、家庭環境やいじめに起因する神経症的不適応に始まり、文化的不適応の様相を呈するようになるケース、進路不適応に始まり、怠学型不適応に至るケース、怠学型不適応の生徒が進路不適応や文化的不適応を理由として挙げるというケースは、しばしば見られるところである。
つまり、文化的不適応と神経症的不適応との間、文化的不適応と怠学型不適応との間、怠学型不適応と進路不適応との間には連続性があるが、それでも、それらを同根のものと見なし、同じ対応策が有効であると考えることには問題かある。
というのも、それらの間には、主要な原因という点でも、また、主要改革課題がどこにあるかという点でも、重要な違いがあると考えられるからである。
進路不適応の場合、その主要な原因は入学者選抜制度や教育内容・教育過程の不適切さにあるから、入試改革やカリキュラムの改善が必要ということになる。
しかし問題は、入試改革は、公立普通科高校、それも中・上位校の進学希望者に大きな影響を及ぼすが、中退者の多い普通科下位校や職業高校の状況を必ずしも改善するものではない。
したがって、この場合の対策としては、むしろ高校のあり方やカリキュラムの改善が重要だということになる。
この点については、80年代になってようやく認識されるようになり、普通科における選択科目の拡大、職業科の教育内容や施設・設備の改善、さらには、単位制高校や総合学科の新設が進められてきた。
そして、それらの対応策は、一応の成果をあげていると見ることができる。
神経症的不適応の場合、主要な原因は、家庭や学校における人間関係や生活様式にあると考えられる。
その直接的な原因は、いじめや教師の不当な処遇であったり、親の過保護や過剰統制であったり、受験競今のプレッシャーであったりと、きわめて多様であるが、いずれにしても、その当事者をとりまく具体的な人間関係や生活様式に主要な原因があると考えられる。
したがって、この場合、環境論的・心理学的なアプローチがさしあたり有効な対応の仕方と考えられる。
その意味で、スクールカウンセラーの配置や保健室の見直し、電話相談や相談窓口の開設などは、一応は妥当な施策と考えられる。
しかし、スクールカウンセラーの配置については、前述のような問題もあるから、その配置の仕方については慎重な検副が必要ということになる。
神経症的不適応に対してはさらに、文化的不適応との接点で、フリースクールやオルタナティブスクールのような、新しいタイプの学習の場を拡充することも、一つの方法として重要である。
原因がなんであれ、現に不登校という事態に立ち至り、しかも、神経症的な症状を呈しているという事実に対して、そうした事態の解消・緩和を優先課題とする施策が必要だからである。
しかし、すでにくりかえし指摘しかように、現在の学校は時代に合わなくなっているといった極論に立って、この施策を一般化することには問題かおる。
他方、文化的不適応の場合、子どもが身につけている生活のリズムやスタイルと学校のそれとのズレに主要な原因があるから、論理的に考えられる解決策は、子どもの生活のリズムやスタイルに合う多様なタイプの学校をつくり、どの学校に入るかは子どもと親の選択にゆだねるという方向と、学校の在り方を多様な子どもの生活のリズムに対応できる弾力性・許容性に富んだものにするという方向が考えられる。
アメリカで見られるような、公立のオルタナティブスクールを拡大し、学校選択の自由を認めるようにすべきだという議論は前者に属するのに対して、進歩主義的な教育理念に導かれた各種の“学校づくり”運動やオープンスクールの運動、さらには、近年の教育改革論のスローガンになっている「個性重視の教育」や「教育の個性化」の議論は後者に属する。
しかしどちらの場合も、その具体化については、これまでにくりかえし論じたように、学校の序列化と教育機会の平等の問題や、令体的な学力水準をどう維持するかという問題がかかわってくるだけに、慎重な検討と賢明な選択が期待される。
いずれにしても、以上の素描からも示唆されるように、進路不適応、神経症的不適応、文化的不適応については、その適否はともかく、これまで種々の議論が展開され具体的な施策が講じられてきた。
しかし、怠学型不適応について考察したものはけっして多くはない。
怠学型不適応の主要な部分は、「遊び型不適応」ないし「逃避型不適応」とよぶことのできるものである。
「遊び型不適応」は、学校の外での遊び文化に引き寄せられ、なじんでいくことにより、不登校や高校中退に至るタイプである。
他方、「逃避型不適応」は、受験競争のプレッシャーや学校生活の規律性・ルーチン性や親や教師の拘束的な干渉からの逃避として不登校や中退に至るタイプである。
そして、言うまでもないことだが、「遊び型不適応」の周縁部分は文化的不適応と重なり、「逃避型不適応」の周縁部分は神経症的不適応と重なり合っている。
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