屋上緑化の歩き方
いまのわたしの外見からは想像できないらしく、話すとショックを受ける人も-。
皆さん、わたしの見かけに(まんまと)だまされているのかしら。
ハードロックという言葉の持つイメージが強烈なのか、ハードロックが好きな人は人柄も過激と思っちゃうのか-。
これまでのエコって、なんだか教科書的で、さらに語っている人もとてもまじめな雰囲気の方々ばかりでしたが、いまでは、ハードロッカーがエコを語る時代だと思うと、エコもずいぶんあたりまえのことになってきた気がしますね。
以前、エアロスミスのコンサートで東京ドームに行きましたが、この5万人を超えるハードな人たちは一体どこから集まったのか。
エコの定義は別にしても、どう見てもエコには見えない暑苦しい人が多い-。
一方、清く正しい背広姿のサラリーマンもちらほら・・・おっ、そこには夫も-。
エアロスミスも結成から30年、観客の年齢も幅広い。
本人たちの意志の強さだけではここまで長く続かないものです。
スピード感やスリルをともなう彼らのパフォーマンス・スタイルが、長く時代に求められてきたということなのでしょうね。
ところで、わたしのなかでは、なんの不都合もなく共存している「エコ」と「ハードロック」なのですが、二つの共通点ってなんだろう、と自分に謎かけしてみました。
さて、ハードロックはエコなのでしょうか? !わたしとエコスタイル子どもが生まれて時間の使い方もわたし自身も変わっていきましたわたしがエコスタイルを意識するようになるまでのことを、さらにてみます。
子どもが生まれると、子どもというフィルターを通して世の見ることで、より安全な食品、環境の問題、福祉、教育などに目が向きます。
でも、できることといえば、子どもの口に入れるものはできるだけ安全なものを選ぼうという程度で、気持ちや思いが行動にまではなかなか結びつかないものです。
わたしもそうでしたから。
なかなかうまくはいきませんね。
それに、いざ安全な食品をと思っても今度はどれを選んだらいいのかわからないことも- 。
さて、娘を出産して、会社の方は、いわゆる産休(産後休暇) と育休(育児休暇) とを合わせて一年と三ケ月取りました。
先輩方からすると、制度も整っていてうらやましいということになるのでしょうが、わたしが出産した1 0年まえは、制度はできたものの、人の意識はまだまだ昔のままでした。
また、もともとお腹が弱かったわたしは、かなりやせてしまって、体調の戻らないまま仕事に復帰することになってしまいました。
出産まえまでは、入社以来ずっと国際部というところで、ガス会社のイメージとはちょっと遠い、海外からの研修生の受け入れや海外への研修生の派遣などの仕事をしていました。
そしていざ復帰したときには、ガスをお使いいただいている地域のお客さまの窓口となる部所に異動になりました。
まったく別の職場での新しい仕事がはじまり、体調もあまりすぐれなくて、よくめげなかったなあと自分でも感心してしまいます。
というより、そんな時間がなかったのかも知れません。
職場も遠くな-、洋服と身のまわりのものだけを持って、そのころ都内に住んでいたわたしの両親のところに転が-込んでの再スタートでした。
子どもが小さいうちは、とにかく体力勝負。
また、自分を頼ってくるこんな小さくて愛らしい子どもと過ごす時間を、仕事と引き換えにしていいのだろうかと思ったり、仕事の成果を出したいとあせったりと、そのころは精神的に参っていたような気がします。
なにをそんなに気負っていたのかといまなら思えるのですが- 。
ただ、毎日がとにかく忙し過ぎて、つねに精一杯で、子どものこと、消費者の意識など、アンテナだけがピンピンたくさん立っていて、まだまだエコスタイルの実行にはほど遠かったのでした。
あたりまえにあると思っているものがいつかなくなってしまう?次に異動になったのは本社の原料部。
仕事はやりがいがあって、楽しく 、勉強になることも多かったのですが、とにかく社員が深夜まは一晩中、残業しているような職場でした。
それに合わせて仕事をするのも辛くて、この働き方がいいと思えない自分との間で葛藤がありました。
またこの時期、父が定年を迎え、両親が千葉の自宅へ戻るのを機に、子どもの面倒をみてもらうため、わたしたちも近くへ引越しました。
東京から千葉へ、まわりの環境もがらっと変わりましたが、暮らし方も大きく変化しました。
またこのころ、仕事がらエネルギー資源について強く意識するようになりました。
石油も石炭も天然ガスも、化石燃料と呼ばれるものは、昔の動植物の死骸なくわたしとエコスタイルどが長い年月をかけて堆積して燃料となったものです。
そして、数億年かかってできたこの資源を、わたしたちはここ数百年の間で、使い果たす勢いなのです。
都市ガスの原料の天然ガスは、石油や石炭に比べ環境にやさしいエネルギーです。
でもだからといってどんどん使っていいわけではありません。
個人的には、化石燃料をこんなに掘って本当にいいのだろうかと思ってしまいます。
でも、いまの世のなかは、エネルギーなしでは成り立ちません。
昔のガスも電気もなかった時代に戻ればいいとまで思うのはナンセンスです。
「画期的な大発明、新燃料、求ムー」 ですが、それまでは限りある資源を上手に活用していくしかないのです。
同じ限りある資源なら、使うときだけでなく、掘り出したり加工した-という生産の過程はもとより、使い終わったあとも、環境への負担ができるだけ少ないものがいいと思うのです。
たとえば、(2月から東京ガスが販売を始めた家庭用燃料電池は、各家庭にガスを燃料とした小さな発電所ができるというイメージ。
電気を作るときに出る熱はお風呂やキッチンで使うお湯などに利用できます。
これによって、電気と熱を無駄なく効率的に利用することができるので、消費者としてのわたしも、「いいな」と思える技術です。
こうした技術を発展させて、さらに省エネ&再利用できる技術開発が進むといいですね。
わたしのエネルギーだってなくなってしまうかもしれない!そこで省エネ「エゴ」ライフへ突入エネルギー資源の大切さについて思いをはせていたあるとき、ネルギー」も有限なのでは?という思いにかられたことがありのエネルギーも化石燃料と一緒で、全体の総量は決まっているに違いない、限-があるものなのだ-と、考えてみたわけです。
だとすると、やることが多過ぎて疲れてしまうから、暮らしをなんとかうまくまわすためには、やること全体の量を減らすか、やること一つひとつにかけるエネルギーを減らすかのどちらかしかない!と思ったのです。
そこで取りあえず、自分の使うエネルギーを省エネしようと決めたのでした。
省エネといっても、自分のエネルギーだけの省エネです。
まず自分をいたわって、自分のエネルギーをなるべ-使わないようにしよう、という都合のいい考え方なのですが- 。
たとえば、階段とエレベーターだったらエレベーターに乗って自分のエネルギーを節約するとか、電車で席が空いていたら必ず座って自分の限りあるエネルギーを使わないようにするとか、そういうことです。
でも、身勝手に自分のエネルギーだけを省エネしようというのは、「エコ」というより「エゴ」 ですね (笑)。
化石燃料は限られていますが、自分のエネルギーは気持ちによっては新たにわいてくることもあるので、いま思うとかなり考え方のベクール (方向) がずれていましたね。
省エネエコライフに似て非なる省エネ「エゴ」 ライフ。
いまなら、このころの考え方が短絡的で浅はかだと思えるのですが、人間、なかなか自分の間違いには気づかないものです。
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